野口冨士男『私のなかの東京』は、正確な記憶と文学遍歴を、すべて実地に足で踏破した調査で裏打ちした、貴重な東京散歩。約40年前のことだから、いろいろ変化があって、いま読むと、また興味深い。酒を呑まず、魚を食べない偏食の野口は珈琲好き。神楽坂の章で、いつも寄る二軒として、坂を上がってすぐ左の「バウワウ(巴有吾有)」は「時によってびっくりするほど美しい女子学生が、セブンスターなどを指にはさみながら一人で文庫本を読んでいることがある」と書いている。現存すれば行きたいが、2006年12月に閉店。じゃあ、もっと早く気付けば、間に合ったわけだ。いや、ネット検索で外観などを見ると、いや、ここは入っているぞという気になっていた。赤城神社前「珈琲園」も今はないはず。かつて赤線地帯で「魔窟そのもの」と書かれた「玉ノ井」も、この本片手に歩きたい。この本では東武「玉ノ井」駅とあるが、現在は「東向島」に変わっている。愛用というより酷使している『東京山手下町地図』では、墨田区が、東武伊勢崎線の東側が切れて掲載されていない。鐘ケ淵駅もぎりぎりはずれて外へ。こんなに詳細で便利な地図はほかにないので、ざんねん。「上京する文學」を連載している頃、井上ひさしの章で、墨田区二丁目の「軟式野球資料室」を訪れて、ついでに周辺を歩いている。この時は「鐘ケ淵」駅から歩いた。初めて降りる駅は、いつもドキドキする。いま地図を見たら、2012年2月8日、と日付が書き込んである。こういうこと大事だな。