空の晴れ渡った、静かな年の暮れである。一年が、一度リセットされることはありがたい。こうして、一度重い貨車を切り離して、また走り始めるのだ。昼飯後、自転車でフラフラと、前に住んでいた町のあたりを巡ってみる。なんでもない街路が新鮮に見える。娘が通った歯科医は健在。怖い先生だが、腕はよかったのだ。治療が終わるまで、付き添いの親として、アンパンマンを見たりしていた。ドトールを附設したガソリンスタンドが廃業していた。スーパー「オリンピック」、ここへもよく来たなあ。一階は駐車場と自転車売り場のみで、地下一階、二階に売り場がある。高さ制限があったのか。前は不思議に思わなかったが、よく考えると、不思議な作りである。本日でブログは一度閉じる。再開の予定はなく、しばらく仕事に専念する。非公開の日記は書こうと思っている。年賀状も、今回は事前に準備せず、届いたものだけ、返事を書こうと思う。これも一度リセット、という感じか。チェーン店でない、町の喫茶店へ入って、ゆっくりコーヒーを飲む時間を増やしたい。いつか、また外国へ旅行できる日が来るだろうか。72時間スペシャルで、成田空港近くの公園で、飛び交う飛行機を眺める人たちを見た。なかに、飛行機に乗ったことがない、という人がいて、そういう人生もいいんじゃないかと思う。ジャンボ機が燃費の問題で、あまり飛ばなくなったと知る。知らないことが多いのだ。長らく応援して下さってありがとうございました。引き続き、応援、よろしくお願いします。非常に心細く生きておりますので。

昨日、OKストアへ年末年始の買い出し。うちも段ボール2箱+αで1万6000円ぐらい出費したが、ほかの人はそんなものではない。セルフ籠2つがあふれそうなほど。この世の終わりのように買っていた。冷食の鍋焼きうどん2ケ確保。やっぱりOKがいちばん安いようだ。
夜は八王子。むしくい堂トーク。古ツアさんと、むしくい堂高橋さんに教えてもらった上高地珈琲で打ち合わせ。あまりに立派な外観に、「コーヒー800円とかだったら、コンビニで100円コーヒー買って済まそう」と言っていたが、メニュー見ると400円(+税)。雰囲気もいいし、店員の接客もいい。簡単に話の流れをおたがい、確認する。むしくい堂にはこの夜、13名が駆けつけてくれた。29日という押し詰まった日程に、よくぞとうれしくなる。感謝、感謝である。三つのテーマを30分ずつ、打ち合わせ通り、話が進む。まあ、古ツアさんが相手だから、どこから、どんなふうにでも古本話が転がっていく。あっというまの90分で、むしくい堂さんにも加わってもらい、2人であれこれ訊ねるが、なんだか2人で糾弾しているみたいになり、むしくい堂さんが固まってしまった。申しわけない。応援しているつもりだったんだが。
八王子は言っておくが、寒いです。国分寺でも、中野、高円寺あたりより寒いが、まだ、なお寒い。有志を加え、6人で、駅前地下の老舗居酒屋「多摩一」へ。やんややんやと、暮れの飲み会が花盛りで、われわれが占めた席の隣りの集団が、若い不動産業系の集まりで、なんだか無駄に元気でうるさい。困ったなあ、店を変えたいなあ、なんて思っていたら、途中、隣りに座った若者に話しかけられ、これがじつにそつなく、礼儀正しい若者で、こちらの集まりがどんなメンツかを喋ると、「なんだか、雰囲気が違うと思っていました。センスがあって、うらやましいです」などと持ち上げてくる。営業モードに入ったのだろうか、驚くべき接客で、おじさんを持ち上げる。すると、うるさいと眉をひそめていたのが、なんだか、元気を微笑ましく思えるのだった。単純な男だよ、おまえは。

本日6時より、八王子「むしくい堂」で、古ツアさんとトーク
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今日、時間が空いたから、いきなり行ってみようかなという人あれば、いきなり来て下さってもだいじょうぶなようです。出だしのテーマのメモを作る。これで流れをつかめば、よく気心のしれた古ツアさんと、なので、そのまま喋れそう。
武田鉄矢昭和は輝いていた」で、ラジオ時代の紅白歌合戦を取り上げる。なんと、第一回出演の菅原都々子がスタジオへ。90を超えているはずだ。そこで流れた「憧れの住む町」にしびれる。いい歌だあ。タイトルがいい。ぼくの連作詩「風来坊」みたいだ。これを覚えてレパートリーに加えたい。作詞・清水みのる/作曲・平川浪竜
「丘を越え 山を越え/あこがれの住む町に/夢をだいてゆくよ はるばると/鐘が鳴ります 遠い遠い空で/旅ゆく身はやさしく しみじみと」が一番。感激して足を踏み外し、スタンゲッツのCDを一枚、踏み割ってしまう。
これを「風来坊」にアレンジすると
「丘を越え 山を幾度も越えてきた
もうすぐだ 憧れの住む町は 
いつ頃からかまでは たしか夢を抱いてきた
はるばると来るうち失ってしまったのだ
失うはずはないと思ってきたが……
鐘が鳴る音が聞える 遠い遠い空の彼方で
さいしょ耳鳴りかと思ったが だんだん近くなってくる
これはいいや 
旅行く者の身には やさしく 
しみじみと染み渡ってくる
あたたかい湯のような
鐘の音だ」

司馬遼太郎のエッセイ、対談を引き続き、ラインを引きながら読んでいる。

来年1月の仕事と遊びが少しずつ埋まってきた。取材、書評、文庫解説、中川フォーク、落語会、コンサートなど。これでもまだ少ないが、それでも、何かしら、スケジュールが埋まると、ほっとする。本日、今年最後の原稿は、「赤旗」試写室。来年の大河「いだてん」を紹介。いや、これは面白いですよ。今年の「西郷どん」も、ふだん、まったく大河を見ないぼくとしては珍しく、よく見た。しかし、視聴率は悪かったようである。「いだてん」は近現代。前から提案しているが、谷口ジロー関川夏央『「坊っちゃん」の時代』を原作にした大河も、ようやく射程に入ってきた。
明日は八王子「むしくい堂」での、古ツアさんとのトークhttp://furuhonya-tour.seesaa.net/これが仕事納めかと思ったら、30日に一件、打ち合わせが入る。もう少し働かないといけない。新日本紀行「演歌」をおもしろく見る。ぼくはほとんど演歌をうならない。フォークソングがすでに懐メロ化している部分がある。今年ももう終わり。除夜の鐘だけは、京都で聞きたいものだ。学生時代、銀閣寺の下宿にいても、除夜の鐘は聞えた。それから、闇の哲学の道を散歩したりしたものだった。京都で学生生活を送れたことはよかった、と思っている。昼は「西友」でアルバイトしていたので、31日まで働いた。

25日は快晴。表参道「HBギャラリー」へ牧野伊三夫展を見に行く。代々木で降り、「吉そば」で昼食(大盛り無料とは初めて知った。しかし普通盛りで自重)。歩いて明治神宮へ。じつは足を踏み入れるのは初めて。広い参道は外国人客だらけ。鳥がさかんに鳴き交わす。牧野伊三夫を見終わり、上島珈琲でお茶。いろんなソファ、椅子があって落ちつく空間演出がなされている。「ドトール」の倍はするわけだが、いやここはいい。ついでに、と言っては何だが、本当に久しぶりに「日月堂」を訪問。佐藤さんといろいろ楽しく喋る。もっぱら古本、古本業界の話。「日月堂」は、いよいよ、いわゆる「本」の量が減り、圧倒的な紙ものと古道具的なものが増える。ちょっと手が出ない。お寺の和尚が、女性に贈るため、せっせとあれこれスクラップした小型帳が目をひいた。海外渡航のキップなども貼付けてある。おもしろいなあ。何も買わないで悪いと言うと、「おかざきさん、クリスマスプレゼントです」と言って、1900年初頭にフランスで発行されていた風俗グラフ誌を3冊、ちょうだいする。色がきれい。イラストが巧い。一万歩になったので、そのままおとなしく帰る。
少しずつ書斎を片付け始めている。歪んだ本、踏みつぶされた函、割れたCDケースなど、次々と発掘。これは、いかんなあ。昔の写真なども出てくる。出てきたメモで、TBSラジオ「森本毅郎スタンバイ!」にレギュラー出演したのは2012年春まで。7年間やったことを知る。辞めてしばらくは、朝5時半とかに目が覚めていた。朝の高速道路の渋滞情報も気になっていた。定期的な仕事がずいぶん減って、細々と生き延びている。年末から1月いっぱいまで、書き下ろしの仕事に集中する。このブログも、はてなダイアリーの終了と以降がうまく行かず、今年いっぱいでいったん閉じる。再開の予定は今のところない。フェイスブックからも、だんだん消えて行く。

29日(土)夜の八王子「むしくい堂」での、オカタケ&古ツアのトーク、集客に苦戦しているらしい。まあ、29日だからなあ。しかし、ほとんどの方は、仕事が終わっているはず。帰省もされず、東京に残っておられる方、ぜひにお出かけ下さい。話すことは山ほどある。参加者全員に行き渡るプレゼントも用意しております。終わったら、有志で忘年会に出かけましょう。くわしくは、古ツアさんのブログを見て下さい。http://furuhonya-tour.seesaa.net/article/463352259.html
今日、なんとか「サン毎」のレギュラー原稿を送付。黒川創鶴見俊輔伝』という労作、大著を、400字足らずで紹介するのは至難であったが、まあなんとか押し込む。残りはなんだろう。「赤旗」試写室の「いだてん」評か。
エブリィで麻布十番「山半」の「鍋焼きうどん」が紹介され、無性に食べたくなる。大阪人は「うどん」に弱いのなり。冷凍庫にも、常時、冷凍食品の「鍋焼きうどん」をストックしてある。エビ天のエビが、とほほと言うほど貧弱だが、まあ、そこそこうまいですよ。

ぶじ昨日、盛林堂プレゼンツ「銀盛会館古本市」をつつがなく終える。遅滞なく、きびきびとよく動き、つねに次の一手を考えて我々を助けてくれる小野くんに、完全におんぶにだっこの一日であった。彼と同じ働きをしたら、ぼくなど、その一年はもう使い物にならないだろう。激務をテニスプレイヤーのように、軽々と処理していくのに驚嘆する。
午後、小雨はあったが、けっきょく、過去最高の売上げとなった。それでもぼくは、二人の売り上げの三分の二ぐらい。しかし、盛林堂と古ツアの嗜好と、ぼくの嗜好がずれていて(もちろん重なる部分も多いが)、多くの客(特に最初の一時間)が二人を目ざしてのものだから、これはもう仕方がない。店番しながら『素描集』にサインと落款、イラストを入れたのだが、そのイラストの見本図案集を一枚の紙にスケッチしていたのを、机の上に置いていたら、ある男性客をこれを売ってくれというので「千円」というと、「それは高い。サインを入れてくれたら」といい、サインを入れて千円で交渉成立。まさか、こんなものが、と思うが、じつは手間のかかった手製の図案集なのである。「ハンミョウの特徴がじつに上手く捉えられている」と男性客は言うが、はあ、そんなものですか、とうれしくなる。この男性客、じつは高名な著述家であった。おもしろいことがあるものだ。「それは、岡崎さんの絵が、ちゃんとお金になるということですよ」と古ツアさんがうれしいことを言ってくれる。昼は目の前のそばや「玉川」で「なべやきうどん」。これも、楽しみ。
売れ残った本に未練はなく、盛林堂に引き取ってもらう。4時前に、そうしようと思っていた、近くの銭湯「天狗湯」へ行って温まる。三種の浴槽があり、それぞれに入る。ただ、長く浸かるのが苦手ですぐ出てしまう。しかし、じゅうぶん温まった。コンビニでビールを買って会場に戻ると、「ケンタロウくんが来た」と聞き、しまったと思う。しかもお土産をもってきてくれたというではないか。小学生のチビだった頃から「みちくさ市」に来てくれていた、この聖なる古本少年の、ぼくも古ツアさんもファンで、顔を見るのを楽しみにしている。古本のネウチをすぐ金銭換算してしまう汚れた大人になったぼくを、ケンタロウくんが浄めてくれるのだ。
今回の処分プラス上々堂からの撤退商品は、結構な量(それだけ部屋にあっても、一般的に見たら、すごい数の蔵書)だが、わが書庫はびくともせず、氷山に一角にも当たらない。しかし、その氷山の一角に当たって、タイタニックは沈んだのだから、ここから整理を始めるしかない。古本市開催はいいチャンスだった。
古本市を終え、少し片付けをし、さらに仕事が残っている小野くんを残して(盛林堂そのものの売上げもすごかったらしい)、古ツアさんと夜の西荻へ、打上げの店を探しにいくが、どこも満席で3軒断られる。歳末の日曜日の夜、西荻の酒場は沸騰していた。けっきょく、かつて和民の入っていた駅前の大型居酒屋に席を陣取り、小野くんを待ちながら、古ツアさんとあれこれ話す。29日夜八王子「むしくい堂」トークの打ち合わせも。長い一日がそして終わった。あんまり冷え込まない夜であった。