なんとか、締め切りに合わせ、村田喜代子『火環』書評を送付。ホッとする。経験則はある程度役に立つが、一回いっかいが勝負、というのが書評および原稿の世界だ。「雲遊天下 36」(2004年6月1日号)が出てきて、古書桃李(寺田信)さんが一文を寄せている。別れた彼女へ向けての手紙、というスタイルが異色。その彼女が世話してくれて、そんな気はなかったのに働き始めたのが古本屋で、本の棚入れ作業が「入れる端から売れていくからいつまでたっても棚は満杯にならない」と書いているが、いつの時代か。以後、独立。4年前、というから2000年から文京区根津に店を移した。これはよく覚えている。初期の一箱古本市を根津でやった時は、まだ店があったのではないか。「この町はマンガやエロものが全然売れない」「小岩や調布じゃ考えられない」と書いているから、店員として勤めたのが小岩で、独立したのが調布、であろうか。その後、桃李さんとは、コクテイルで時々客としてお見かけするようになる。お元気にしておられるだろうか。
アンダーソン『ワインズバーグ、オハイオ新潮文庫新訳、小沼丹『埴輪の馬』、野口冨士男『私のなかの東京』などを再読している。どれも面白くて仕方がない。
『私のなかの』で、慶應文学部の予科に進学した時、同級生に阿武(あんの)巌夫がいた。ロス五輪で、暁の超特急吉岡隆徳とリレーのメンバーを組む日本ナンバー2の短距離選手。その前に、慶應の帽子をかぶっていると、なめられて繁華街でよくカツアゲを喰らった、という話が出てくるが、この阿武も目黒駅前でタカリにあった。すると阿武は走って逃げた。「日本で追いつけるのは吉岡しかいないものな」と言った。東京山手下町地図を座右に、読みふける。高速道路が自然や風景を壊すという意見に対し、「私は外濠自体が江戸時代に自然破壊をして人工的に造成されたものであったということを忘れてもらっては困ると言いたい」という、安易で感傷的な都市の変化への批判を、逆批判している。卓見であろう。