日曜は台風一過の夏らしい雲がいくつも峯を作り、蝉もようやく、安心したように鳴いている。
思い屈すること多く、夕食時に酒を飲み始める習慣が身につき、沈没、深夜や未明に目覚める。これは、かなりいけない兆候ではあるまいか。本は相変わらず、仕事用も含め、浴びるように読んでいる。この数ヶ月、二ヵ所で、本は読むが小説は読めないのだ、という人がいることを聞いた。本が好きという、ごく一般的な嗜好で言えば、小説を指すことが多く、ぼくなど、逆に小説以外も読めよと言いたくなるが、その逆を聞くと、それはそれで、どうかしてしまっているのではないか、と思うのだ。小説を読むには技術がいる、というのは確かで、つまり読み手の想像力の参加が欠かせない。そのあたりをメンドウというか、苦手としている人がいるのか。この問題は保留にしたい。しかし、ちょっと考えても開高の『輝ける闇』『夏の闇』や、大江の『芽むしり仔撃ち』『個人的な体験』、あるいはアイザック・ディネーセン『アフリカの日々』などを、読んで、その良さがわからないというのがわからない。
川西政明『新・日本文壇史 三』の芥川龍之介の章を読んでいて、晩年の肉体的精神的な追いつめられ方に息を呑むが、ここに吉田日出子の名前が出てくる。吉田は芥川比呂志と共演しているが、親の代に、もっと深い因縁があるのだ。吉田日出子の父は平松豊彦。彫刻家だったが、日出子が生まれてすぐ出征し、ルソン島で戦死している。この平松豊彦の平松家、父親(日出子にとっては祖父)が大本教の幹部で、11人の子どもがいた。豊彦は四男。次女に「ます子」がいて、なんと芥川が自殺する前、一緒に「死ぬ約束」をしたのが、この「ます子」であった。この話の裏はいろいろあって、くわしくは同著をあたっていただきたいが、吉田日出子について、彼女が文学座にいた時、一期下が、次回「中川フォーク」のゲストにお招きする佐藤GWAN博さんである。吉田日出子は若き日、岡林信康と熱烈な関係にあり、中川フォークジャンボリーのドキュメント映像にも、仲睦まじきツーショットが映っている。
『新・日本文壇史』は、蟻のはいでる隙間もないほど、調べつくして、オドロキの話が次々出てくる。興奮して、いま夜中3時だが、眠れないでいる。