なんだか申しわけないが、誕生日の昨日はまったく原稿を書く気になれず、これからネジを巻く。それでも庄野潤三について、あれこれネタを拾うこと、書評用の本は読んでいた。夜、録画した山田洋次「故郷」(1972)を見る。3度目か。よくこんな地味な題材が映画化できたものだと思う。瀬戸内に浮かぶ小島で、砂利(というか大きな岩)を小さな船で運搬し、海中投下する船の夫婦(井川比佐志、倍賞千恵子)の物語。軽トラで移動販売をする松下(渥美清)は、売残りの魚を、いつも夫婦の家に届ける(お金は取らない)。ときには刺身に調理もする。夫婦が海で働くあいだ、家を守るのが祖父(笠智衆)。学齢に達しない下の子は、猫を乗せるように、船にのせていくが、小学校に通う上の娘の面倒は、この祖父がする(別れのシーンで、この長女が祖父の足にしがみつく)。ボロエンジンで老朽化した船の修理代が100万以下ではできないと告げられ(現在の物価から換算すると3〜4倍くらいになるか)、ついに船を捨て、島を離れ、尾道の造船所に臨時工として働く(日給2400円)ことになるまでの話だ。朝鮮からの引揚者で、東京弁を使う独り身(妻を失っている)の渥美がいい。昼、牛乳と餡パンで済ませ、鼻歌なんか歌う姿に哀愁がある。そうちゃんと描かれているわけではないが、倍賞千恵子にちょっと気があるのではないか、とも思われる。瀬戸内の朝、夕景がうつくしい。井川の汗の匂いが、フィルムから匂ってきそうだ。造船所に妻と見学に行って、帰り、港のレストランでステーキを食べる。バクバク食べた後、途中で、顔を上げて、黙るので、妻が何かと不審に思うと、「うめえなあ、うめえなあ」と感に堪えたように言うのであった。日頃、肉なんか、ほとんど食べない生活だ。自分の食べてる半分を喜んで夫に渡す妻。このシーンもよかった。「故郷」の前が「家族」(同じ井川、倍賞、笠が出演)、そして「遙かなる山の呼び声」と、山田監督、倍賞主演で、いずれもヒロインの名は「民子」。「民子三部作」と呼ばれている。