ときどきそうなるが、松本清張モードに入り、あれこれ読む。角川文庫『影の車』は、連載短篇集、といっても破滅に向う男女、という共通項があるだけ。「婦人公論」で昭和36年に連載。松竹、野村芳太郎監督作「影の車」があるが、このタイトルによる作品はなく(単行本の総題)、第一話「潜在光景」が原作になっていて、のちドラマ化される際も、同じく「影の車」がタイトルに。たしかに、「潜在光景」では興味を引かないし、ネタを割っていることにもなる。集中で、もっとも感心したのが「典雅な姉弟」で、麻布の高級住宅地に住む、浮世離れした高齢の姉と弟の話。弟は50近い銀行員で、昔はハンサムだったが容色衰え、中性的な体つきで、おっとりとしている。姉はかつて公家の御殿女中頭を務めたため、プライドの塊で、勝気で口うるさい。この組み合わせと設定がいい。やがて、姉弟の静かな愛憎劇が……という展開。登戸が出てきて、そこから家に直通電話がかけられないため、電報を打つシーンがある(これがアリバイとなる)。昭和30年代、まだ都内でも、直通でかけられない場合があったという。電話交換手がいて、電話を取り次ぐ、というのは今や消えた習慣で、清張の「声」というのも、たしかそんな話であった。「典雅な姉弟」は、姉か弟の心理を、しっかり描き込めば、純文学にもなる。丸谷才一が書いたらどうなったか。
昨日は、盛林堂で、注文してもらった『人と会う力』20冊にサイン、イラスト、落款を入れる。サインしながら、小野くんと喋っていると、レジにいたお客さんに声をかけられ、一冊、その場でサイン本を購入していただく。ありがたい話で、同年輩男性の似顔絵を入れる。中国にいま仕事で行っていて、帰国すると古本屋巡りをするという。京都「善行堂」へも行っているらしい。読者に巡り会うのは、本当にうれしい。淋しく暮らしているので。
音羽館へも寄って、ちょこちょこ買う。800円、講談社文芸文庫埴谷雄高『酒と戦後派』は、オリジナル編集版で、全集から戦後派文学者との交遊を書いた文章を集めたもの。こういうこと、どんどんやってほしい。