現代詩手帖」2010年4月号「鮎川信夫と出会う」に、鮎川晩年の日記(1986年夏から秋)が採録されている。田村隆一とその夫人和子、北村太郎と三つどもえの修羅の恋愛劇が過熱する時期で、橋口幸子『いちべついらい 田村和子さんのこと』夏葉社、あるいは一部仮名を使ったねじめ正一荒地の恋』文春文庫に、再現されている。鮎川「日記」によれば、和子が夜、鉄道自殺を試み、保護された。電車がそのため停まった。「田村は狂言自殺と見ているらしく、面会を謝絶し、北村と弁護士同道でなければ和子さんに会わない」と言う。後日「電車は停めたわけではなく、超徐行だったらしい」と分かる。この事件のあと、田村が自宅へ荷物を取りに行くが、一緒に行った「Z君共々棒で叩かれ、その見幕には吃驚仰天だったとか」とは、北村の談を聞いての話。また、同時期毎日新聞社エコノミスト」からコラム執筆の依頼があり、始めたが、編集部から「もっと毒を」と注文が入った。しかし鮎川は「何のことか分らない。編集者の言うことなど取り合わず、こちらはこちらのペースでやるだけである」と書く。エラいなあ。講談社から出た、電話帳みたいに分厚い『シャーロック・ホームズ大全』は鮎川信夫訳(講談社文庫から出ていた)を収録。これがよく売れて、短期間に5000冊、また4000冊と増刷されている。初版は何冊ぐらいか。増刷の数を見ると、2万とか刷ったか。定価が1980円。翻訳印税がどれほどのものか分らぬが、著者印税は切れているはずで、一冊100円としてもむむむ、という額が入っている。義弟・小林力の回想によれば、鮎川が好きなものは「煙草、パチンコ、ゴルフ、ボーリング」であった。運動神経が発達していたのであろう。ボーリングなど年季が入った腕前だったとどこかで読んだ。