田中小実昌『自動巻時計の一日』はとぼけた顔した実験小説であるが、かつて角川文庫で読んだときはぼくは関西在住で、たとえば主人公が米軍駐留基地(たぶん厚木であろう)へ通うアクセスがよくわからなかった。そうか、東玉川にいたコミさんは、東横線多摩川駅?まで自転車、そこから南武線で武蔵小杉、小田急線で登戸とそれぞれ乗換え、厚木へ向っている。朝、6時起き。移動通勤時間は一時間半ぐらいか。ほかに私鉄の二つの線が一緒になるO駅が出てくるが「大岡山」駅だろうか。いや、ぼんやりと調べたので、まだまだ精査が必要で、メモ替わりに書いている。あんまり信用しないで下さい。毎日同じ時刻の電車、同じ車両、同じドアから乗る人たちを観察し「なんだか、生きたまま腐ってきたような感じだ」と言う。先日、坂崎さんが、かつて大学で週一講義を持っていた頃、どうしても我慢できなかったのは「同じ時間、同じ場所へ通うってこと」だったと言っていた。この『自動巻』の話を、このときすればよかった。坂崎さんは、おそらく、そういうことを言ってたんだ。坂崎さんの話でもう一つ、思い出したこと。「灯台」マイブームがあって、坂崎さんからも外国の灯台の絵葉書をもらったことがあり、「その後『灯台』はどうですか?」と聞かれた。「いま、ちょっと……」と言葉を濁すと、「『灯台』は競争相手が多いですよ。とくに女子」と言われた。その通りだ。ぼくは、ぼちぼちやっていく。
『自動巻』の単行本は河出の龍円正徳が作った。龍円は広瀬正小説集の編集者で、のち集英社へ。