長い間、留守しましたが、無事、京都と東京での還暦イベントは終了。どちらも盛況で、ずいぶん多くの人にねぎらいとお祝いの声をかけられました。また、両イベントを手助けして下さった方々に感謝です。非常に幸せな数日を過ごしました。さっそく締め切りが待っていて、また日常が始動します。京都では、中書島から丹波橋の建築探訪、それに橋本では旧遊郭の名残りを楽しんできました。京都市内でもあちこち、けっこう歩いてきた。歩け、歩けの日々でした。
いろんなことがありすぎて、とてもうまくは報告できません。引き続き、よろしく、ごひいき下さるとありがたいです。
西ブック還暦の会がはねて、打ち上げでセキグチ『昔日の客』長男さんと、いろいろオハナシをうかがう。セキグチさん、長く音楽業界(とくにCM)にいて、1969年頃、大学生の頃から弾き語りでステージに立ち、横のつながりもある人物。1970年頃か、上京しエレックに入ったばかりの吉田拓郎が、まだ無名時代、コンサートをした時も客席にいたという。客は4分の1ぐらいしか埋まらなかった。エレックの浅沼さんとのつきあいで、中沢厚子なども知っている。「拓郎の『男の子女の子』をデュエットしているのが中沢厚子ですよ」なんて言う。知ってますとも。1975年つま恋にも顔パスで入場し、後ろの方で聞いていたという。カアッ、うらやましい! 一度、セキグチさんから、この時代の音楽業界のこと、ちゃんと聞いておかねばと思う。
嵐のようなイベント週間が過ぎ、惚けております。フェイスブックに、西荻での還暦会を撮ってくれた客席からの写真がアップされていて、赤い帽子とちゃんちゃんこを来た我が姿を初めて見る。あはは、と笑う。会場に来てくださった懐かしい顔、顔、顔もあり、みなさんが、気づかってくださっているのがうれしかった。頑張り次第で、60代前半くらいまでは、なんとか持ちこたえられそうな気がしてきた。京都、東京とも、構成と進行を自分で務めたので、いささか疲れはしたが、うれしい疲れでもあったのである。最後に両会場で歌ってくれた世田谷ピンポンズくんのパフォーマンスが、周囲に非常に好評なのも、うれしかった。