okatake2016-05-20

昨夜、国立「ビブリオ」で、大阪のシンガーソングライターYO-ENさんのライブが、満席のなか、無事終わった。ぼくは、オーナーの十松くんと、なんとかYO-ENさんを「ビブリオ」に呼ぼう、と話し合い、実現したのであった。当夜、ぼくは進行を務める。YO-ENさんを見出し、東京でライブを企画した、浅川マキプロデューサー寺本さんも来てくださった。「ひとり上手」「五番街のマリー」「あなたの船」「雨の物語」「黄昏のビギン」「港の見える丘」など、フォークと昭和歌謡をカヴァーするが、すべてが彼女のなかで咀嚼され、自分の身体の中から出てくるように歌うから、どれもオリジナルに聞こえる。ギターの伴奏も歌と一体化し、始めて10年と思えぬほど完成されている。驚いた。ずっと聴きながら泣きっぱなしの女性もいた。老齢の女性も客席にいたが、満足されて帰られたようで、よかった。また、ぜひという機運が盛りあがったライブであった。オーナーの十松くんが、自分のブログで、当夜のことをうまくまとめて、報告している。http://d.hatena.ne.jp/banka-an/
打ち上げで飲んで、深夜帰宅してテレビをつけたら松本人志の顔が映り、「クレイジージャーニー」という初めて見る番組だったが、歩いてリヤカーを引いて、大陸横断などをする冒険家・永瀬忠志が紹介されている。ありえないと思われる苦行難行は植村直己賞を受賞。顔が映ってすぐ、「ああ!」と思う。27、8年前、最初に勤めた雑誌社で、ぼくは、この永瀬さんを取材している。話を聞き、写真を借り、冒険談をまとめたのだった。そうか、ほぼ同い年だったんだ。テレビで、その後結婚されていると知り、奥さんも偉いと思った。金が貯まったら、すぐ次のリヤカー冒険旅行に出かけ、一年とか、帰ってこないのだから。しかし、60のその顔は、すごくいい顔をしている。
「ビブリオ」のライブを後援してくれているビレッジプレスの五十嵐くんから、村元武プレイガイドジャーナルへの道 1968~1973』東方出版をもらう。フォークリポート裁判、プガジャ創刊、そして労音と、運動するメディアの中心にいたのが発行者の村元さんで、ぼくなどにとって伝説の人である。その意志を受け継ぐのが五十嵐くん。これほど読むのが楽しみな本もめったにない。心掛けて読み、紹介させてもらおう。