okatake2013-10-02

丸谷才一『笹まくら』読了。30年ぶりぐらいか。細部はほとんど忘れていたが、舌触りが残っている。そう、これは大した作品だ。ぜいたくな読書をした。
徴兵忌避というかたちの国家反逆。しかも、たった一人の反乱であった。これは軍隊嫌いの著者の願望でもあったろう。戦時下に、愚劣な上官に服従し、暴力をふるわれるのとは、別の昭和十年代の人生。
スタイルとしては、意識の流れを持ち込んで、現在と過去を交互に、しかも切れ目なく流し込む。読み手は混乱しそうなものだが、小説の時間の流れのなかで、安心して意識を預ける、その時間を楽しむ余裕すらある。文体の実験など、かなり前衛的な手法を用いながら前衛と感じさせない。風俗小説の装いを取りつつ、細部まで念入りに作り込まれているからだ。平和な(学内のいざこざや、思わぬ蹉跌はあるが)現代より、国家から逃げ惑う徴兵忌避者として全国を放浪する5年の方が、時間は濃密で、ある種の憧れさえ覚えるのだ。
丸谷才一は『笹まくら』一編を書き残しただけでも、じゅうぶんに文学史に存在感を示していると思われた。
ぼくは色に注目して、色が出てくるたびにチェックしたが、どうも主題は「黒」と「白」らしい。「黒」は忌むべき危険な色だが、「白」はどうだろう。
新潮文庫新版の川本三郎解説が説得力に富み、素晴らしい。しかし、なぜか最新の新潮文庫目録では、解説が篠田一士になっている。ぼくは、旧版も持っているので、調べてみよう。
吉田篤弘さんから『うかんむりのこども』新潮社、田中美穂さんから『胞子文学名作選』港の人をいただいてます。どちらも造本含め、凝りに凝った本づくりでひとめを惹きます。前者は「銀座百店」に連載。このタウン誌への思いを「あとがき」で吉田さんがつづっている。そうか、それでこの判型か。後者は紙の見本帖みたい。既読の作品でも読み返したくなる力が紙から発せられています。「紙の本」力をどかんと見せつけた二冊。