あの人がいた

矢崎泰久の故人交遊録『あの人がいた』(街から舎)、やっぱりおもしろい。「話の特集」人脈の厚み、濃さ、広がりを感じる。草森紳一が巻頭。こんなエピソード。大阪での麻雀大会の観戦記を草森が書くことになっているのに遅刻する。その原因が、チケット売り場の窓口で行き先を告げられず、立ち往生してしまったから。後ろの客がどなる。もういけない。草森は難詰されることが苦手で、道で「警官に職務質問され、突然走り出して逮捕されたこともある」。血を見ると失神する。「この繊細さこそが草森紳一の意識の根源でもあった」と矢崎は書く。ぼくもささいなことでオタオタし、明日が見えなくなるほどうろたえ、世を呪う。比類なき繊細な男だと自分のことを思っていたが、草森紳一にくらべれば、図太く、じゅうぶん強い。
色川武大が「離婚」で直木賞を取ったことが、かつての純文学仲間の井上光晴夏堀正元は怒らせ、殴ると言い出し、矢崎の立ち会いのもと、一度ずつ鼻血が出るほと、思いっきり殴打する。倒れた色川は、二人に「ありがとう」と頭を垂れた。すさまじい友情だ。
伊丹十三の章も、生真面目な滑稽さを指摘して読ませる。