森崎書店の日々

okatake2010-07-13

昨日、五反田イマジカで日向朝子監督「森崎書店の日々」初号試写を見る。電車のなかでは石原慎太郎『わが人生の時の日々』を読み継ぐ。やっぱりおもしろいわ。小林秀雄永井龍男吉川英治など親の世代の文学者と交われたのは、石原が若くデビューしたおかげ。それと、育ちと性格もあるだろうが、ものおじせず偉大な先輩と口をきけたからだ。そうでなければ、とてもここまでのエピソードは生まれなかっただろう。扉裏に、人名索引を作りながら読む。堀江謙一太平洋ひとりぼっち』が、じつは村島健一がゴーストライターで書き上げたものだと暴露。しかもヨットマンとして堀江の偉業は偉業でも何でもなく、金にきたない人物と批判している。温厚な村島も堀江の名を出すと怒ったそうだ。
五反田「ブ」は、ぼくにとっては回りがいのない店で、この日も川端康成愛する人達』新潮文庫の改版を買っただけ。「イマジカ」第二試写室には、関口直人さんとご母堂、つまり「昔日の客」関口良雄夫人がいらっしゃった。一緒に立ち上がった青年が「夏葉社」の島田潤一郎くん。これが初対面。ほんと、若い人なのね。名前の「潤一郎」は谷崎から取られたそうで、どういう家に育ったかがわかる。『レンブラントの帽子』で衝撃的デビューを果たした夏葉社が、第二弾で、またとんでもないことをやろうとしている。乞うご期待。
ハルミンさんも来ていて、みんなでぞろぞろ試写室へ。「森崎書店の日々」にはハルミンさん、魚雷くん、宮里くんとエキストラで参加した。そのときはどういう映画かまったくわからなかったのだが、やっと納得。神保町という町への愛にあふれた映画だったんですね。理不尽なかたちで恋人に捨てられた主演の女の子(ごめん、名前失念)が、失意の日々に、ながいあいだ会っていない叔父(内藤剛志)から、よかったらうちへおいでよと誘われる。それが、神保町の古本屋「森崎書店」だったのだ。こうして倉庫がわりの二階に住み、ときどき店番をしながら、古本と神保町の人々になじんでいく。神保町、古書、古書好きの人々が次々と画面にあらわれ、古本者としてはたまらない映画です。森崎書店はちょうど東京堂の裏手の角地の小さな空き店舗をそのまま古本屋にしつらえてセットにしている。なかに並ぶ本は中野書店さんのものだと聞いた。文芸書一本やりの小さな店だが、なんともいい感じ。内藤さんの店主ぶりもさまになっている。
内藤さんがよく通う喫茶店白水社の並びにあるカフェをそのまま使ったもので、ここの客としてぼく、ハルミン、宮里、魚雷の古本カルテットが狩り出されたのだ。宮里くんは「ちゃんとぼく映ってますかねえ」と心配していたが、だいじょうぶ、けっこう長く、ちゃんとカウンターの隅っこで、はっきり宮里くんとわかるように映ってました。むしろ魚雷くんとハルミンさんが言われなければわからない映り方をしている。いちばん大きく映っていたのがぼくで、画面に現れたときはドキッとする。内藤さんとけっこうもりあがって喋っていたのがそのまま画面と音声に入っている。ほんとうはもっとしみじみ、静かに喋ったほうがよかったのかもね。エンドロールにもぼくたち四人に足立正生さんを加えた五人の名が、大きく出てくる。これはいい記念になった。
主演の女の子は文学にまったく縁がなかったが、森崎書店にいるうち少しずつ染まっていく。最初に手を出して読んだのが尾崎一雄まぼろしの記』。しぶすぎるだろう、と思うがたぶん越川さんの趣味だ。『昔日の客』も登場。隣りの席の関口さんに「出ましたね」と言うと、暗闇でこっくり、関口さんがうなずくのがわかった。あと百けんの『王様の背中』、旺文社文庫の『檸檬』などが出てくる。内藤さんに「これ、値段つけてみて」と手渡された本が、最後近くになるまでタイトルが出てこないが、ぼくには表紙と、ページを開けたとき「啓介」と名前が出てきたので、あっ『愛についてのデッサン』だ、とこれもわかった。
鏡を多用した撮り方、帳場後ろのガラスをわざと曇らせて、逆光で撮った主演の女の子の姿とか、店内のタングステン灯のやわらかい明りとか、全体に光を弱めるスタイルで、これは本の魅力を生かす撮り方でもあった。それだけに窓ぎわで、屋上で光を浴びて本を読む、喋る、涙を流す主人公の表情が生きてくる。最後、すっかり仲よくなった田中麗奈が「自分で価値を作り出すことができる人間は強い」というコトバを引用するが、これは向井透史くんのコトバ。重要なコトバとして映画を最後に引き締めるかたちとなった。
見終わって、こんな姪がいて、ちかくにあんな喫茶店があるなら、ぼくは森崎書店の店主になりたい、と思った。それに偶然だが、内藤さんも映画のなかで自宅のある「国立」へ帰っていく。ぼくも「国立」駅へ帰っていきました。
印象に残った内藤さんのセリフ。
古本まつりの日。本と似ている、というようなことを言ったあと「開くまでは静かだけど、開いてしまうととてつもない世界が広がっている。また閉じると静かになるんだ」。