サブちゃんが歌う「まだ若い廃墟」

okatake2009-06-21

19日、午前の便で羽田から函館へ。格安チケットで取った一泊ホテルつき、往復航空券3万1000円だったので、心配だったが、ちゃんと乗れた。羽田から一時間20分くらい。下るとき、五稜郭が見えた。空港には佐藤泰志の西高の同級生、東京時代にはいっしょに同人誌もやっていた西堀滋樹さんが車で迎えに来てくれていた。佐藤の親友として、理解者として、佐藤の作品を忘れさせまいと動いている方だ。ただし、「泰志とはケンカ別れしたんだけどね」とおっしゃる。
西堀さんのガイドで、佐藤の墓をはじめ、佐藤泰志文学散歩をする。途中、元町のブックカフェ「mountain BOOKs」http://booklife.exblog.jp/で休憩。函館の湾を見下ろす高台、壁に本棚をしつらえ、くうねる系とでもいうか、女性の暮らしについての本が並ぶ。大ぶりの古いテーブルに布のソファ。とにかく趣味がよくて、いごこちがいい。店内には、海の見える窓ぎわの席に、この店を狙ってきたという感じの若い女性が、本を開きながら、お茶をしていた。ぼくも本棚に近づくと『女子の古本屋』を発見。わいわい言っていると、女性店主のヤマモトさんから「岡崎さんですか」と声をかけられた。なんでも「スムース」も読んでくださっているそうで、林・西村コンビの『佐野繁次郎装幀作品集』も所持しているという。コーヒーもおいしいし、男性にとってもこれはいい店だ。
2年前にも上ったロープウェイを、持参した『海炭市叙景』(この函館にいるあいだ、ずっと持ってた)の「まだ若い廃墟」のページを開きながら、展望台へ。若い兄妹の道行のような、切ない場面を読みながら、同じロープウェイに乗っている。これほどぜいたくなことはないだろう。
この日、あいにく、ミルク色のガスが山を包み、視界を邪魔する。ただ、ときどき風で流されて、霧が消え、その狭間から、光のあたった函館の町がくっきり見えた。これはこれで、印象深い光景になった。
最後に、「一滴のあこがれ」にも登場する立待岬を訪れる。いまは危険防止用に柵があるが、以前は崖のそばまで行けたそうだ。しばらく、波頭のたつ海を眺める。西堀さんに、市電の終点「谷地頭」まで送ってもらい、ここで市営の温泉施設「谷地頭温泉」に入る。420円と銭湯値段でスパのような二階建ての広い施設を利用できる。茶褐色の湯にゆったり浸かると、足のほうからジンジンと染み込んでくる。
あたたまった身体で市電に乗り函館駅前へ。駅からすぐの桟橋に、1988年まで青函連絡船として周航していた摩周丸が、そのまま保存展示してある。ここを管理している高橋さんとは、うらたじゅんさんを通じて縁ができた。うらたさんの個展が一昨年、ビリケンであったとき、そこで紹介されたのが高橋さんで、小学校中学校とうらたさんの同級生。ということは、ぼくも四中へは二学期間行っているから、先輩だ。そのとき、函館で「いるか文庫」という絵本児童書の図書館を駅構内で開いていると聞いていた。それっきりになっていたが、ぼくが函館で講演することが新聞に載り、じゃあ夕食をいっしょにという運びになった。人間の縁はどこでどうつながるかわからない。この夜は、ともに摩周丸を運営している写真家の白井さんもごいっしょする。駅裏の阪神タイガースファンの店主ひとりできりもりしている居酒屋で飲み、函館でも老舗となったバー「杉の子」で呑む。http://www5d.biglobe.ne.jp/~suginoko/
ここのママさんが、明日、ぼくの講演の前に、仲間と『海炭市叙景』を朗読するという。じつは「杉の子」には次の夜も行ったのだが、連日、わんわん客が押し寄せる繁昌店だった。酒の種類が豊富で、安くって、ママさんが明るくて、ジャズから歌謡曲からカーペンターズもかかるという店で、いごこちがいい。二日目も偶然、高橋さんと白井さんと同席することになったのだが、そこに函館市長がやってきて、「杉の子」がいかに門戸が広く、函館ッ子の心のよりどころになっているかがわかる。「函館」に来たら、迷わずこの店と決まった。
ううん、長くなるな。この夜は五稜郭電停前の「法華クラブ」ホテル。例の格安航空券についてきた宿だが、清潔ないいホテルで、部屋もツインだった。
珍しく朝までぐっすり寝て、朝食バイキングを食べて五稜郭公園へ向かう。道立函館美術館では「牧島如鳩」という聞き慣れない画家の展覧会をやっていて、せっかくだから見てみる。牧島はクリスチャンの家に生まれた独学の画家だが、ほとんどが宗教画。ただし、「神仏大習合!」とタイトルにあるとおり、キリストも仏陀も同格で、同じタッチで描かれる。しかもキリストの涅槃像、仏陀の復活と、テーマが混在している。あれもこれも同じ画面に描き込んだ、なんとも不思議でキッチュな絵にびっくらぎょうてんだ。
長くなるなあ。
午後からサン・リフレ函館という会場で、朗読と講演。写真をスクリーンに映し、杉の子のママを始め、西堀さんなど6名が『海炭市叙景』を朗読する。バックにジャズやボブ・ディランが流れる斬新な演出で、しかもみな素人なのに、とうとう最後まで、一人として言い間違ったり、噛んだりしなかった。ほとんど奇跡のような朗読会だった。あとがやりにくいや。
それでも会場に集まった熱心な70名ほどを前に、なんとか80分喋る。反応はいいと思ったが、どうだろうか。西荻ブックマークでやった佐藤泰志の会の内容なども報告し、映画『海炭市叙景』は、悪くなる要素が一つもない。この映画化が函館の起爆剤になる、とけしかける。
金集めは北島三郎御大にご登場いただくしかない。じつはサブちゃん、函館西高出身で、佐藤泰志の先輩だ。サブちゃんに「海炭市叙景」というタイトルのテーマアルバムを作ってもらい、函館でコンサートを開く。「まだ若い廃墟」という歌は、「ロープウェイで別れた妹よ 待っててくれよ おいらの気持はあの函館山に」という感じ。マジメな人は、怒ったのじゃないか、と心配になる。
なぜか最後が「ミコのカロリーブック」の話になってしまう。それと、「興居島屋」で買った、昭和38年函館電話帳を披露し、当時の映画館の名前を読みあげたあと、「これは函館へ置いていきます」と宣言したら、今までになかったような歓声と拍手に包まれた。ぼくが函館の人達に残したのは、けっきょく「ミコのカロリーブック』とこの電話帳だけか。
会場では初めて、映画化実行院長の菅原和博さんともお話をする。菅原さんは地元で「アイリス」という封切館をがんばって続けておられる。聞くとぼくと一つ違いの1956年生まれ。しかも、佐藤と同じアサヒ中学校の卒業生で、サン・リフレはそのアサヒ中学校のあった場所に建てられたというのだ。
菅原さんとなぜかジャズの話になり、二年前、五稜郭電停近くの地下へ降りていくジャズ喫茶のことを聞いたら、(じつは午前中、まだあるかどうか確かめに行ったら、なかったのだ)、それは「バップ」という店で、火事で移転になって、いま新川町に移転になった。いまから行ってみましょう、という。それは願ったりかなったり。実行委の一人、この夜スタッフの打ち上げをした「酒処花かるた」の娘さんだという児玉さんもいっしょに、菅原さんの車で「バップ」へ。http://izatate.at.webry.info/200809/article_3.html
人影も途絶えた、廃墟のような住宅街があり、その表通りに、小さな店になった「バップ」があった。菅原さんはここの常連だった。ママさんと親しく話している。児玉さんもいっしょに、1時間ぐらい、いろんな話ができたのがよかった。函館で、どんどん人のつながりができていく。
長くなるなあ。
「花かるた」で打ち上げ。http://www.dish.ne.jp/hanakaruta/
ここでまた、いろんな人たちと話をした。八幡町で、イベントスペース「小春日和」を運営している若い女性は、『女子の古本屋』を持参してくれた。名前を挙げ出すときりがない。とにかく、料理もおいしく、酒もうまく、函館の夜は暮れていく。ふたたび「杉の子」の中2階のヤネウラのようなスペースで、呑む。そのままほどけていきそうな夜だった。みんなと別れて、駅前のスマイルホテルへ投宿。「じゃらん」から格安ホテル、で検索して予約したのだが、じゃらんのポイントも溜まっていて、なんと3000円、朝食つきで泊まれた。シングルだから、法華クラブよりは狭かったが、長椅子が置いてある。これが使えます。ぼくはいつもけっこう荷物が多いので、ここに置いて、日本茶を入れながら、ホンを読むこともできる。で、この日も朝までよく眠れた。ほんと、こんなこと旅先で珍しいのだ。それだけ函館が、うまく身体になじんだ、ということだろう。
翌朝、ということは今日だ。ずっと古本屋へ行っていなかったので、身体がむずむずしてきて、ホテルを早くチェックアウトして、市電で湯の川へ。ここから歩いて5、6分のところに「ブ」があるのは、2年前、家族で来たときチェック済み。終点「湯の川」で降りて、なだらかな坂を歩き出すと、どこかから「岡崎せんせー」の声が。きょろきょろあたりを見回すと、車から女性の顔が。「昨日の講演、楽しかったです!」とおっしゃってくださる。そうか、昨日聞いて下さった人だ。すぐ、ちょっと真顔になって「なんでまた、こんなところを?」と聞かれる。たしかに、旅人がわざわざ歩くような場所じゃない。「いえ、ちょっとブックオフへ」と答えたが、車は動き出した。
「ブ」湯の川店は中規模店。ほとんど10時開店まもなくすべりこみ、棚を散策。篠山紀信撮影『ヴィスコンティの遺香』なんて、いい本を700円で見つけ、ホクホクしていると、「あのう、岡崎さん」とまた声をかけられた。話してみると、ぼくの読者で、このブログにもコメントをしてくださったこともある男性。なんという偶然。印刷会社に勤めるAさんは元ライターで東京にも数年前まで住んでいたという。「よかったら、ぼくの車で、ほかのブックオフもご案内しましょうか」と申し出てくれて、喜んでお言葉に甘える。いろいろブックオフや古本屋についての情報交換を車内でして、ブックオフ「大川店」へ。ここは大型店だ。しかも、ぼくはわざわざ2年前にもここへ来ている。湯の川店もそうだったが、105円の本の並びを一瞥しただけで、ハイエナの檻のなかとも言える東京の「ブ」にくらべ、あきらかにウブイ。大川店では文庫を10冊ほど買ったが、書いてみようか。
カルヴィーノ『くもの巣の小道』、後藤明生『笑いの方法』が福武文庫、小栗虫太郎『潜航艇「鷹の城」』は教養文庫石川淳『荒魂』『安吾のいる風景/敗荷落日』、金子光晴『風流●解記』はごぞんじ、講談社文芸文庫獅子文六箱根山』とくれば講談社大衆文学館、角川文庫の殿山泰司『三文役者の無責任放言録』なんてのも、べつに、ふつうにあった。以下等々。
なんだか、いい締めくくりができて満足。
とにかく人も街もできごとも、いい印象ばかりが残る函館行きだった。「また、来ます」と言ったが、ほんとうに、なんだか呼ばれれば、ちょくちょく行きそうな気分になってきた。なにしろ、こんなに知り合いが増えたのだから。
あとは、東京の『海炭市叙景』応援団として、映画化に向けて、プッシュし続けることだ。