上々堂、補充

okatake2007-11-25

ビートたけし主演「点と線」連夜で見たが、どうにも割り切れない。日本のテレビは、映画界から「電気紙芝居」とさげすまれ、今日の発展を遂げたのだが、これは電気紙芝居そのものではないか。ビートたけしを鳥飼刑事にして、主演に座においたことで、なにがなんでもたけしを押し出すしかなかった。ほか、出演者は豪華で、しかし、その豪華なことが足を引っ張った。芸能人隠し芸大会のドラマにしか見えないのである。アリバイ崩しに飛行機利用を思いつかなかったのは原作通りだが、浜で子どもたちが紙飛行機で遊んでいるのを見て、気づくというのはどう考えても猿芝居。なんで、こんなにダメなのか。誰かに教えてほしいくらいだ。
昨夜、毎日「あった、あった。」で、原田康子『挽歌」を取り上げる。あれこれ調べて、書けるのはほんのちょっと。しかし、この仕込みはまた使えそう。
午後、あまりにいい天気なので、娘と自転車で、今日は暖かかったねえ、の日差しのなか、東大和「ブ」へ。新店舗にまわす、と張り紙があって、棚は空いてる。それでも同じ人が落語関係の本を大量に売ったらしく、ここでは珍しく17冊も買う。桂文治噺家のかたち』、小島貞二志ん生の忘れ物』、色川武大『寄席放浪記』などなど。文庫でも落語関係をけっこう拾う。大友浩『花は志ん朝河出文庫は、巻末に、著者と小三治との対談が載せてある。これが、めちゃくちゃおもしろい。志ん朝小三治はライバルと目されながら、死の少し前から、志ん朝がよってたかって名人とほめそやかさされ、気味の悪いほど、持ち上げられていた。志ん朝がいいのはあたり前、という前提で、しかし、ぼくは小三治が好きで、この大本営発表みたいな志ん朝賛歌を冷めた思いで見ていた。
大友の対談で、小三治はずいぶん重要なことをたくさん言っている。たとえば、
 だから誰とは言いませんけど、「志ん朝さんはみんな同じ口調でつまらない」と言う人もいます、仲間うちに。「そうだろう」と私に同意を求めるやつもいます。だけでも私は同意しません。それはそれで芸の姿なんだから。あの人もその点はちょっと悩んでいましたね、たぶん。
 こういう志ん朝論が必要なのだ。ほめ殺しは、晩年の志ん朝を苦しめた、とぼくは思っている。あと出しで、尻馬に乗るやつが多すぎた。
「ブ」では、古本ソムリエさんには悪いが、すべて105円で、そのほか魚喃キリコ『ハルチン』、『白洲正子自伝』、高橋陸郎『友達の作り方』(名著!)、開高健『食卓は笑う』と以上が単行本。文庫では、島尾伸三『香港市民生活見聞』新潮、吉川潮江戸前の男』新潮、ホフマン 種村季弘訳『くるみ割り人形とねずみの王様』河出、北村薫『朝霧』創元社推理、京須偕充圓生の録音室』中公、『昭和芸能秘録』中公、滝田ゆう『寺島町奇譚』ちくま、立川談四楼『ファイティング寿限無』ちくま。ほとんどは仕入れだ。
昨夜、家族で上々堂へ。今回、大量に補充をする。
ビッグイシュー用に、北村薫『空飛ぶ馬』創元推理文庫を読み返す。やっぱりいいなあ。落語家円紫と、めちゃくちゃ本好きな女子大生の「私」。これこそ、連続ドラマにすべきではないか。