伊丹十三の日、だった

 あたり前な所のようでいて
 地上はきっと思いがけない場所なんだ
     谷川俊太郎「朝」


これは、当然プレヴェールの「天にまします我らの父よ/我らは地上にとどまります/地上は時々美しい」(小笠原豊樹訳)に呼応しているのだろう。
昨日は一日長かった。朝、TBSで『伊丹十三の本』を取り上げる。そして家へ戻ったら、新潮社から新刊『伊丹十三の映画』が届いていた。今朝、紹介したことを知って、では早すぎる。なかに手紙があって、編集者のkさんがこのブログを読んでくれていて、それで送ってくれたのだ。うかつなことは書けないなあ。
なかにはさまっていた、kさんの文面つきの伊丹十三記念館のハガキ(伊丹が猫を膝にのっけてる写真)を見て、松山へ行きたくなる。松山は洲之内徹の故郷でもあるしね(さんざん、悪口言ってるけど)。
遅れていた仕事、いつもはだらだら3、4時間はかかるところ、夕方、海ねこさん取材があるので、背中に一本、鉄棒を差し込んだ気持ちで2時間強で終える。
「ちくま」次号の取材は、ネット古書店「海ねこ」さん。ネコが5匹も家の中をうろうろしている自宅で話を聞く。行き帰り、最寄りの駅まで送ってもらった。舗装された道路が真直ぐ伸びて、でも、まだ周囲には畠やら、こんもりと森のような一画が残されているのさ。
中央線武蔵境駅前の新古書店均一で、カーヴァ−(村上訳)『必要になったら電話をかけて』、新潮クレスト、カミーユ・ロランス『その腕のなかで』、現代詩文庫『寺山修司詩集』を買う。
夜、ヒッチコック「ダイヤルMを廻せ」を見る。グレース・ケリーの現実離れした美しさ。その妻に背かれ(不倫)、遺産目当てに殺そうとする夫のレイ・ミランドがちょっと気の毒。いやな奴に描かれているけどね。それにくらべると、ケリ−の恋人役の推理作家の役者はまるで魅力なし。