ああ、吉村昭さん逝去と晶文社探訪

夏本番、蝉がジーコジーコと啼いております。
吉村昭さんが逝去された。吉村さん宅にはかつて取材でうかがったことがある。『夜明けの雷鳴』の著者インタビュー。すると文庫化の際、解説にぼくを指名してくださった。だから文春文庫『夜明けの雷鳴』の解説はぼくが書いている。異例のことだろう。インタビューに来た一介の無名のライターに解説をまかせるということは。
吉村さんは、芥川賞候補になり、受賞の電話連絡を受け、文藝春秋社へ赴くと間違いだったと知らされた経験を持つ。思い出すだに、幾度もはらわたがちぎれるような屈辱である。そんな修羅をくぐり抜けた上で、人に優しかった。少なくとも、インタビュー取材をしたぼくには優しかった。
御冥福をお祈りする。
サンデー毎日終えて、晶文社へ。万世橋近く、小さな古いビル。よく前を通ったことがあるが、中へ入るのは初めて。営業の高橋さんの仲介で、編集部長の島崎さんに挨拶。いろいろお話をうかがう。島崎さんは72年の入社。話の途中、神田川を挟んで、JRの電車が通過する轟音が響く。
ここで犀のマークの、あの素敵な本が次々作られたのだ。幸福感に包まれて、晶文社を味わい尽す。スムース文庫の「晶文社1973年目録」復刻の許可も得る。72年入社の島崎さんも覚えがなく、社にも保存されていない、という。このところ、ちょっと錆び付いていた心のギアが、晶文社見学で油が回り、また動き始めた感じだ。だから8月2日はぼくにとって晶文社記念日。
昨夜、BSで山田洋次「遥かなる山の呼び声」を見る。4、5回目か。ぼくはこの映画、大好きだ。吉岡秀隆の役名が「武志」。流れ者の高倉健に名を訊ねられ、どんな字かを説明するのに「武士の武に志し」と答え、「いい名前だ」とほめられる。岡崎武志のぼくまでほめられた感じ。
いまは廃線となった標津線「上武佐」駅が映る。これもいいシーンだ。「遥かなる山の呼び声」論を書きたくなる。