いつも出てくる古本屋町の夢を見た

暑いですねえ、どうしたんだろう。
古本屋の夢を見た。それもときどき夢に出てくる古本屋のある町だ。どこにどういう店があるか、夢のなかでもうわかっているのだ。あそこへ寄って、ここへ寄って、と考えているうち、行き過ぎて、広い道路を渡ると戦災を受けなかった昭和初期の風景そのままの区画がある。今度、カメラを持って来ようと思う。
中央公論の原稿を半日遅れで送り、共同通信のコラムを書く。
こないだ五反田で買った「文藝 谷崎潤一郎読本」をぱらぱら読んでいたら、中村真一郎の「細雪」論が載っていて、これは優れた評論だなあ、と感心する。「細雪」は現実からの逃避で、歴史の動きからは遠ざけられる。だから、東京と大阪の距離は、実際より遠く感じるように書かれてれている、というのだ。いい着眼点でしょう。そうだ、そうだ、文芸評論を読むおもしろさって、こういうことだな、と思う。
詰まった仕事が、片づけても片づけても襲い掛かってきて、なかなか晴れ間が見えない。
とうとう、途中、どうしても何も書けなくなってしまい、自転車でお散歩する。国立「ブ」で、初めて新潮のオンデマンド本を見つける。夏樹静子『紅い陽炎』。べつに読みたいわけじゃないが、参考に買う。じっさい注文したら、2415円もするのだ。「ブ」で文庫を探せば105円だが、探す手間を惜しむ人なら注文するのだろう。いわゆる書評用につくられるプルーフ版みたいな作りと装幀。ある意味、おしゃれな感じがすると言えば言える。