鶴見線「安善」駅は、映画「狼」のままだった

五反田ーーっ! 最後の青春18きっぷを使って。もう元はとってる(たぶん2万円分以上乗ってる)から、五反田往復に使ってもいいぐらい。乗り継ぎがうまく行き、9時ちょい過ぎに即売会会場に。しかし、すでに10数人が群がっている。いったいいつから来ているのか。結界となるヒモの外に出た台や、ヒモからフライングして手が届く棚は蹂躙されており、すでに獲物を手にした人は、ヒモが解かれるのをじっと待つ。いや、じっと待つだけじゃない。何人かはオペラグラスで、遠い本棚の背を物色している。古本即売会会場でバードウォッチングか。異様な光景なり。秘書を連れた常連の社長さんあり、なにやら誰に聞かせるのか携帯ラジオを大きな音で鳴らして人あり。古本を見ているより、客を見ているほうがおもしろいぐらいだ。
ぼくはこの日、下と上で6000円ばかり買って(30冊近く)、宅急便で送ってもらうことに。会場で会った元ダイヤモンドの長井さんと、お茶をする。このあと、待望の鶴見線に乗り、「安善(あんぜん)」下車。新藤兼人「狼」で、殿山泰司が降りた駅なり。「狼」を見た人なら、この「安善」へ行きたくなるはずだ。で、確認したが、やっぱり映画を撮った昭和三十年ごろ、そのままだった。鶴見線は、工場地帯を走る電車で、昼間は無人駅となる。駅というより停車場、だ。核後で死に絶えた町のように、人影がまったくない、なんとも荒涼な風景のなかを、脱力電車がちんたら走る。途中、なんだか可笑しくなってきて、にやにや笑いながら電車に揺られる。乗ったことない人は、一度は乗る価値あり、だ。こんな変な風景を走る電車なんて見たことない。
鶴見線で浜川崎、そこから南武線で「鹿島田」下車。古本屋に一軒寄って、新川崎から横須賀線……という一部始終は「彷書月刊」に書くつもり。ほんとうは、横須賀線で東厨子へ行き、「海風舎」の取材をするつもりだったが、電話が通じず、休業している恐れあって断念。けっきょく、このところ、にわかに元気になった「阿佐ヶ谷」の古本屋探訪に切り替える。「風船舎」の若夫婦にあれこれ話を聞いた。「石田書店」にも寄った。今月はこれでいく。ただし、五反田で買い過ぎて、その後、本が買えなかった。悪しからず。