あきらめかけて力を緩めたとき

昨夜二時すぎまでかかって、重い原稿を入れる。寝床で、『渦の真空』を下から読みはじめる。戦後、大学を中退した著者が実名で登場。恋人と同棲、北海道新聞に入社、肺結核を患い……といったことが、政治風俗の記述とともにくわしく書かれている。高円寺の古本屋も登場。土井虎賀寿もついに、キターッ!という感じで登場。
そんなで遅く寝たのに、TBS体内時間が働いて、朝6時に目覚めてしまう。のろのろと朝食。作曲家の山下毅雄死去。昨晩、家内と明日晴れたら日の出のつるつる温泉へでも行くか、と話していたので、せっかくだからでかけることに。10時に車で出て、11時には着く。少し裏山を散歩して汗をかき、温泉に。なめこ汁のようにぬるぬるした湯に浸かるが、ぼくは、本がないと、ただじっとしていることができない。瞑想にふけることもできず、早々と上がる。休憩室のソファで、打ち上げられたクジラのように大きな腹を見せ、が−がーいびきをかいて寝ている男あり。それがいかにも気持ちよさそう。
このあたり紅葉の盛りはすぎたのか、赤茶けて美しいとは思えぬ。ただ、流れの早い川に、鮮やかな黄の柚子が数個、木から落ちて、流れに叩かれながら動いている。それは美しいと思った。梶井基次郎ならうまく書くだろう。
帰り、福生の古着、中古家具、雑貨店の並ぶストリートに車を止め、ぶらぶら見てまわる。コカ・コーラの瓶を入れて運ぶ箱が5000円くらいついている。アメリカ雑貨店で、落とし穴がいっぱい空いた迷路を小さな玉を転がしてゴールに運ぶオモチャを買う。1200円くらい。帰宅してから、ほとんど呆然と、ただこのオモチャに熱中する。最初はすぐ穴に落ちる。半分もなかなか進まない。こんなの、一生無理だよと、あきらめかけた数百回目、玉に意志が乗り移ったように、ゆらゆらと穴を避け、迷路を進み、ついにゴール。大袈裟に言えば、このとき、人生の要諦をつかんだような気になる。つまり、力を入れると玉は不随意に動き穴に落ちる。あきらめかけて力を緩めたとき、玉に意志が乗り移る。
日の出の温泉にいるとき、携帯電話に連絡。工作舎のIさんから。「編集会議」が……というので、一瞬、単行本化の話が壊れたかと思ったが、雑誌「編集会議」から『気まぐれ古書店紀行』の取材が入ったという。ありがたい話だ。まだ、本が出ていないのに。
夜、雑誌「カラフル」のHさん(いつもカラフルH、とメールが来るので、返信にはモノクロ岡崎と書く)から、小池昌代さんの著者インタビューが決まったと連絡が。小池さん、一度会ってみたい人だった。