寝た、寝た。昨日からいったい何時間寝ただろう。身体が一枚の板のようになり、寝汗で蒸れ、薬臭いような匂いをたてている。まだ身体がふらふらするまま起きて、朝食。昨日、自転車を駐輪場へ置いたままタクシーで帰宅したので、自転車を取りにいかねば。それから11時20分から歯医者の予約が入っている。
バスで国立へ。駐輪場、延滞の100円を払い、国立駅前をひと回り。谷川書店は開店したばかり。まだ半分ドアが閉まっているが、客がいたのでなかへ入る。すると、やっぱり準備中、みたいなことを言われる。それでも均一から加藤周一を二冊拾っていた。一冊は池田満寿夫との対談『エロスの美学』、あと一冊は『新版世界漫遊記』。70円と80円と谷川値段。さいきん、新聞でジブリのプロデューサー、鈴木さんでしたっけ、が、加藤周一のことを語っていて、なるほどと思ったのだ。ぼくは、立命館大生のとき、講演で来校した加藤周一と同じエレベーターに乗り合わせ、言葉を交わしている。身体が宙に浮いたみたいだった。店内で、ジャック・レダ『パリの廃虚』みすず書房が1000円。これはほとんど堀江敏幸が訳者だから買ったようなもの。ちょっと始めのほうを読むと、堀江訳がぴったりの詩的散文だ。
「ブ」へも顔を出した。すると、眼鏡をかけた若い男性と顔を合わせ、お互いに「オッ」という顔をする。名前は知らないが、コクテイルでのライブに来てくれた男性。話すと、わりあい近くに住んでいる。ポール・ボウルズシェルタリング・スカイ新潮文庫があったので勧めると「じゃあ、買います」という。老人介護関連の仕事をしているらしい。
歯医者のイヤな時間が終り、帰って仕事。昨日できなかったサンデー毎日の書評10本、届いた本を横に置いて、かたっぱしから片付ける。なにより集中力を要する仕事だ。終ってやれやれ。
ずいぶん前に頼まれた原稿があって、しかし、それが古本屋さんからの依頼で、某紙に古本のコラムを一年、そのうちの何回かを、いろんな人に書いてもらう、というもので、とくに締切は聞かなかった。その催促、というのではないが、どうですか、とハガキで打診が来た。再度、締めきり、字数、原稿料などを教えてくれと、書かれてあった電話(留守電)に吹き込む。すると、返事がファクスであって、原稿料はない、というのだ。うーむ。これが古書組合の広報紙、会報、チラシ、あるいは知人の同人誌などになら、古本振興のため、無料でも協力するが(事実、そういう例は何度かあった)、名の通った新聞に書くのに、原稿料ナシとはいくらなんでも、と思い、その旨を手紙に書こうとするが、これに苦労する。こんな手間をかけるなら、さっさと無料でも原稿を書いたほうが精神上いいのでは、と思うが、疲れが残り、だんだん混乱して気が遠くなっていく。日垣隆さんの『売文生活』を読んだあと、というのもある。
こんなことをしていたら、また寝込んでしまうと思い、直接電話をする。今度は担当の古本屋の店主が出られて、ちゃんとこちらの事情を説明する。それで、よかったのだ。ちゃんとわかってくださった。「生意気なようですが」と述べると、「いえいえ、そんなことありません。それはそうです」とおっしゃってくださった。手紙を出さず、これは電話でよかったのだ。
夜、毎日「神保町ガイド」の原稿を書き出す。ちょうど、BSで「アメリ」があるので、録画しようと準備して始まって、ばかだなあ、全部また見てしまう。これで3度目か。しかし、なんとも映画的な、ファンタスティックな世界であることよ。
北海道新聞から書評の依頼、中央公論から、秋の読書特集で神保町ガイドの原稿依頼がくる。夜、畠中さんから、心温まる長文のメールが届く。アメリが天使のごとく、いろんな人のことへ幸せを運ぶように、畠中さんが、小さな幸せを届けてくれた。あ、そうそう、昼間「ブ」で会った男性と、このあと、夕方にも近所のコンビニ近くで自転車で走ってる同士でまた会うのです。奇遇も奇遇。世間は狭いや。