意外なところに伊丹十三が登場

なにをいまごろ、って話なんだが、黒澤明のプロンプターをずっとつとめた野上照代さんの『天気待ち』(文春文庫)を読む。すぐ読めた。おもしろかったからだ。いろいろ書き出すとたいへんだが、いちばん驚いたのは伊丹十三との関係。野上さんは伊丹万作に師事して最初、シナリオを書いていた。その縁で、伊丹の死後、中学生だった遺児池内義弘の面倒を一年間見る。すなわち、のちの伊丹十三である。
どですかでん』の島さんに扮した伴淳三郎のエピソード。島が同僚を自宅へ連れてかえる場面。台本で13ページある長いシーンを一カットで撮る。フィルムは10分が限度。それをリハーサルを繰り返し、8テイクまで撮って、ようやくOK。ぎりぎりの緊張を要する撮影出、終ると伴はその場でへたへたと崩れ座りこむ。黒澤が近寄って「よかったですよ」と握手を求めた。野上は「伴さんの長い役者生活でも、これほどうれしい瞬間は、めったになかっただろう」といってこう続ける。
 「伴さんの映画初出演は一九二五年。以来五三年に自ら生み出した流行語「アジャパー」で成功するまで舞台では馬の脚、映画では斬られ役とか捕り手とか、あらゆる下積みの辛酸をなめ、私生活も最後まで幸せとは言えない人生だった」
黒澤映画の凄さを裏打ちするようなエピソードだ。
今日は、午後から妻と車で西荻へ。娘はネコがひとりだと可哀想だから留守番するという。「音羽館」へ寄って、ちょいと本を買う。均一から大岡信『眼・ことば・ヨーロッパ』美術選書、平凡社の日本人の自伝「沢田正二郎榎本健一・桜川忠七」を買う。店内で、思潮社・詩の森文庫、辻征夫『私の現代詩入門』400円、リブロポート・稲垣足穂の「一千一秒物語」にたむらしげるがイラストをつけた絵本が、たむらのサイン・イラスト入りで1200円。これはいい。
広瀬くんに、今日は西荻全体でスタンプラリーなどフェアがあり、小学校校庭ではフリーマーケットが開かれていると聞き、でかけてみる。どうりで、今日は人出が多いと思ったんだ。フリマは、もう閉めている店もあって、値下げを始めている。ぐるぐる回り、帰りかけたところで声をかけられる。北尾トロさんだ。トロさんも店を出しているという。ベビーカーに女のコを乗せている。「これ、トロさんの娘さん。トロっ子?」と聞く。「そう、トロっ子」とトロさん。まだ一歳とちょっと。かわいいな。お父さんのトロさんというのもイメージがわかなかったが、ベビーカーを押している姿は板についている。少し言葉を交わして別れる。
夕食後、散歩をかねて娘と歩いて立川栄「ブ」へ。途中、娘はずっと喋っている。ぼくがこないだの対決で、山本に負けたことがどうも不満らしく、「なんで、負けるんや。もっとしっかりせな、あかん」と関西弁で激励する。「古本ライターって言っておきながら、なにやってるんや」とまでいう。そこまでいう、という感じだ。立川栄「ブ」でまたごそごそ買う。加藤秀俊『紀行を旅する』中公文庫は、これまであまり眼に入ってこなかったがおもしろそう。糸井重里萬流コピー塾』文芸春秋、なんてのもなぜか買ってしまう。じつは『古本道場』のイメージは、ちょっとこのスタイルから拝借している。『辛酸なめ子千年王国』も買う。いきなり、プリンセス「サヤヤ」をいじりまくったマンガから、だ。しまいに刺されるぞ。