夢みる詩人の手のひらのなかで

是枝裕和監督「誰も知らない」をケーブルで見る。いまもゴンチチのテーマソングを口笛で吹きながらこれを書いている。観たばかりの興奮、というのは多少差し引かねばならないが、しかし、文句のつけようのない傑作ではないか。YOUとカンヌで男優賞をとった柳楽優弥が引越しのあいさつに大家(串田和美)を訪れる。子どもは一人、とても優秀な子と言っておいて、部屋に戻り、引越屋が帰ると、スーツケースのなかから子どもが次々出てくる。もう、ここでうーんとうなってしまう。じつに映画的な筋の運びで、以後、セリフを極力きりつめて、画面で見せていく手法はかわらない。いいシーンがいくつもある。母親が男を作って、子ども4人を置いて出ていく(これは現実にあった事件がモデル)。残された子供たち。冬、曇ったガラス窓に指で絵をかく。ふだん、母親がわりの長男以外は外出を禁じられているが、末妹の誕生日、ピョコピョコ鳴るサンダルをはかせて、長男が外出させる。夜、羽田行きのモノレールが頭上を走る。光の筋が闇夜に走る。「いつか飛行機を見に行こうな」と兄がいう。「うん、飛行機見にいこう」と妹。ここが伏線になっているわけだが。とにかく映画的な映画であり、二時間強をたんのうした。
今日は娘の運動会。午後から、沖縄の踊りを学年団体で躍るというので、それだけ見にいく。父兄はたくさん来ているが、みなわが子をビデオに撮る、写真に撮るのに夢中。徒競走、綱引きなど競技が終るたびに、アナウンスで「みなさん、○○に拍手をお願いします」という。もちろんぼくも妻もがんばった子どもたちに盛大に拍手をする。しかしまわりを見るとそれは一部。大多数はただビデオを持ってつったっているだけ。バカじゃないか、こいつら、と思う。わが子にしか目が行っていないということだ。いいのかね、それで。
運動会終えて、国立まで散歩。先日臨時休業していた谷川書店へ。少年版江戸川乱歩選集『蜘蛛男』は生頼範義(おうらい・のりよし)の表紙。装幀は水野石文だ。生頼さんの息子も画家でオーライ・タローくんという。飲み屋で知り合い、言葉を交わすようになった。個展にも何度か行った。このシリーズは、文・中島河太郎とあるから、どうも少年向けにリライトしているらしい。200円。
ロートレアモン『マルドロールの歌』は現代思潮社版。訳は栗田勇だ。函入り。むかし、現代思潮社の本は古本屋で高くてねえ。なかなか買えなかった。いまはなんとか、買える。値段も下がっているかな。ものによるだろうけど。これは400円だから買う。
均一に伊藤信吉が2冊。『詩をめぐる旅』と『紀行 ふるさとの詩』がどちらも50円。50円でっせ!
ついでに「ブ」で『フランス現代詩19人集』思潮社飯田龍太の随筆集『紺の記憶』角川書店を買う。
駅前のベーカリー併設の喫茶で、ちめたいコーヒーを飲みながら、あれこれ読む。
夜は、妻が運動会の役員で疲れているので、安楽亭で焼肉。そのまま先週セドリツアーで行った「立川羽衣いとう」へ。金井美恵子『軽いめまい』単行本が300円。これは読みたかった生島治郎『浪漫疾風録』講談社文庫が260円。後者は、生島が昭和30年はじめ、早川書房へ編集者として勤めていたときの回想ふう小説。本人以外は田村隆一はじめ、常盤新平開高健など実名で出ていくる。
フィリップ・ドレルム『ビールの最初の一口』早川書房というコラム集を読んでいたら、
〈ジャン=ミシェル・モルポワの小さな散文詩集なんて、いいじゃないか。「菩提樹の葉と花に埋もれて日は延びる」なんてフレーズを読むだけで、そそられる〉
とあるのに、そそられる。さっそく検索すると、邦訳は一手に有働薫が担当していて、ふらんす堂から2冊出ている。『夢みる詩人の手のひらのなかで』と『エモンド』。しかし品切れ。さらに検索すると、某古書店がネットで載せている。1000円。ふだん、めったにネットで買わないが、これは買うことにし注文をする。一種の勘で、いいものだと思ったのだ。