先日、大阪へ行った折り、ほとんど必ず立ち寄る京橋駅前で、「京橋は〜ええとこだっせ グランシャトーが、おまっせ  サウナでさっぱりええ男 恋の花〜も咲きまっせ 」のテーマソングを聴く。商店街入口の喫茶「平野屋」が、おしゃれなカフェに変身していたのにびっくり。おもわず、コーヒーを飲みに入る。その昔、二階で同級生が複数アルバイトしていて、厨房の顔を見て「あ、ナントカ」「あ、ナントカもいる」(ナントカ、は人の名)と連続で呼び、三人目も「ナントカやろ?」と言ったところ、「いや、オレは違う」と、それは似た別人だったことがある。JR土手脇のずらり並んだ商店がきれいになくなっていた。再開発だろうか。
録りだめした映画、須川栄三「俺たちの失敗」を深夜見る。すこぶるおもしろかった。須川栄三にハズレなし、である。石川達三原作。ジャズっぽい音楽は佐藤勝。母子家庭で、母と暮らし、東大卒で役所入りしながら辞め、カメラ工場の工員として働く信太郎(市川染五郎、当時)は、ドライな若者の代表で、オーディオに熱中する以外、シラケきっているが、会社で目をつけた女性・まさ子(桑野みゆき)を初対面ながら結婚を申し込む。それは、三年たって、御互い飽きたら別れるという「契約結婚」であった。石川達三らしいテーマの立て方で、そのテーマ性の強引な推進により、ときに登場人物が血の通わない繰り人形になるが、須川栄三はスピーディに物語を運び、飽きさせない。信太郎および工員仲間がよく行く安居酒屋に、メニューが貼ってあって、「ビール140円 焼酎35円 清酒二級66円 一級90円」とある。串焼きほか食べ物は「なんでも10円」。映画公開の1962年の公務員初任給が1万5700円。ざっと現在12倍として、そう考えると「ビール140円」は今なら1680円とめちゃくちゃ高い。われわれより歳上の人が、学生時代「ビールはぜいたくだった」と言うが、そういうことか。男性はみな、ひんぱんに(職場の構内でも)煙草を吸っていて、信太郎は「ハイライト」。映画館は満員(すし詰でドアが閉まらない)、新婚旅行は熱海。核戦争、原爆の影が若者の不安として、現実的なものだったこともうかがえる。そういえば、桑野みゆきは引退後、いっさい顔を出さず、映画関連の取材も受けていない(はず)。どうしているだろう。