13日、高円寺即売会へ。きわめて既視感の強い棚だ。丈さんの棚から、武井武雄『戦後気侭画帳』筑摩書房を買う。背に難ありだが、600円は安い。手放したが、見ると欲しくなる尾崎一雄随想集『苺酒』新潮社が、値付けを半額に値下げして300円。これから長谷川郁夫さんの話を聞くので、吉田健一『随筆 酒に呑まれた頭』は判型は新書だが、本体表紙は布張りで、これも見るとほしくなる。状態が悪く200円。
西荻へ移動。西荻ブックマーク、小沢書店のフェアをやった流水書房・秋葉直哉くんと、長谷川郁夫さんが話をする。小沢書店フェアで、瀟酒で実質のある随筆、評論集を、典雅な装幀でくるんで世に送り続けた出版社の再評価が始まった。長谷川さんのところにも、某雑誌から対談の依頼が来たらしいが、それを固辞された。つまり、出版社をつぶしたことで、周囲に迷惑をかけたことを忘れるわけにはいかず、おめおめと小沢書店について語るわけにはいかない、という思いだったようだ。この日は特別。秋葉くんの熱い思いに応えるために、限定された聴衆を前に、重い腰を上げた。
準備した秋葉くんの質問に、何度も絶句し、天を仰ぎ「うーん、思い出したくないなあ」と長谷川さんは言っていたから、忸怩たる思いが胃液とともにこみあげたのだろう。だから、ここに、この日の話を書くわけにはいかない。貴重な話が聞けたことを感謝するのみだ。
一つだけ、長谷川さんに迷惑のかからない、この日披瀝されたエピソードを。小沢書店が飯田橋の三共ビル内に部屋を借りているころ、小沢書店は三共ビル別館で路地奥にある小さなビルで、三共ビル(本館)は、通りに面した大きな立派なビル。吉田健一はタクシーで、その通りをとおるたび、小沢書店はこんな大きなビルに入っているのか、と思っていたという。しかし、ある件で、たった一度、吉田健一が別館の方の、本当の小沢書店を訪ねてきたことがある。長谷川さんは、インスタントコーヒーをおそるおそる出した。すると吉田健一は「ほう、これがインスタントコーヒーというものですか」と言って飲んだという。
打ち上げでは、長谷川さんの口から、もっと書けないおもしろい話が出てきた。吉田健一コレクターの西村くんが、長谷川さんの横で談笑しているのを見て、よかったなあと思う。最後、持参した『本の背表紙』にサインを求めると、「岡崎さんならわかってるでしょう。サインなんか入れると、売れなくなっちゃうよ」と言われる。けっきょく、してもらったが。石神井さんとは石橋毅史『「本屋」は死なない』について話す。「いやあ、目からウロコが落ちるような本だったよ」と。
関係ない話だが、秋葉くんは直哉。夏葉社・島田くんは潤一郎。「本」の世界の実力者たちは、みな、文豪の名を従えている。
吉田篤弘さんから『木挽町月光世咄』筑摩書房をいただきました。Webちくまに連載されたエッセイを集める。なんと、これが「初のエッセイ集」だという。かつて町名を木挽町と言った銀座の一角で、吉田さんの曾祖父が鮨屋をやっていた。その跡を訪ねるうちに……。名著『おかしな本棚』執筆の裏話も収録。これは、読まなくっちゃ。

サンデー毎日」今週号に、川本三郎さん『小説を、映画を、鉄道が走る』書評が掲載されています。見開きの対面の著者インタビューは、南陀楼綾繁さんが、ミシマ社の三島さん(こういう顔だったのか)『計画と無計画のあいだ』を。