昨日は、トークイベントデイズで、昼過ぎ、青山ブックセンター本店で、グレン・グールド伝を出した青柳いづみこさんと堀江敏幸さんのトークショー、夕方5時から西荻のビリヤード場「山崎」で、よみた屋・澄田さんによる「古本屋開業講座」。たっぷり、有意義な話を聞いた一日。前者は録音、再生、オーディオにまつわる話が印象に残った。堀江さんは、カセットテープを切り貼りして編集していたらしい。そういうキットがあるのだ。岐阜でFMをチェックしていたとき、上京して聞いたとき、その違いに驚いたという。グールドのドキュメンタリーでも、スタジオのスピーカーのメーカーをチェックし、そこからグールドが演奏会を捨て、スタジオ録音にのめりこんだ過程について話す。なるほど。青柳さんは、CD録音の際、スタジオに三日通う。初日は硬いピアノを手なづけ、二日目の後半、ようやくピアノが思うがままに鳴り出す。三日目になると、ピアノも演奏者も少しへたり、しかしそれはそれで味わいがある(老夫婦に譬えていた)。CDは、その三日間の演奏を編集するわけで、青柳さんはつきっきりで「あ、いまそこ!」と指摘するのだそうだ。
よみた屋さんのトークは、満員盛況で、ビリヤード場の床が抜けるのではと思ったほど。しかも、通常、西ブクの客の半分以上が、ぼくの顔見知りだが、昨夜は九割、知らない人。しかも若い人と、高齢者と二層に分かれた感じ。「古本屋をやりたいと思っている人」との最初の質問に、会場の数人しか手を挙げなかったが、これは照れや躊躇があるからで、隠しボタンでスイッチオンで計ると、おそらく半分近くが手を挙げたはず、と思う。澄田さんは理論的に具体的に、かつ数字なども駆使し、古本屋経営の困難さを語っていた。就職難だし、ぼんやりと古本屋のたたずまいにあこがれ、やってみようと思う人の安易な動機を打ち砕くものだった。しかし、ぼくは、ぼんやりとあこがれて参入する人がいてもいいと思う。「いくら資金があれば、古本屋が始められるか」という質問が会場からあったが、まったくそれはナンセンスで、やり方によれば、アパートを借りるぐらいの資金でも、始めようと思えば始められる。食って行けるか、成功するかはそれからの問題で、それはどの商売でも同じだ。ただし、長期低迷の古本業界で、これから参入するなら、独自のアイデアと、幅広いものを見聞きしたセンスが必要。澄田さんも言っていたが、売れる本を売るのは簡単なので、売れない本、必要とされていない本を売れるようにするのが技術。これは向井君も同じようなことを言っていた。あ、それから、ますく堂が最後に登場し、値付けに悩んでいると言ったくだりで、ぼくと善行堂が「勘でつければいい」とアドバイスしたというのを、澄田さんが「それはちょっと(ダメ)。(岡崎さんが)安く買いたいから、そう言ったのでは」と言っていたが、それは誤解だなあ。補足すると、最初っから「ますく堂」の規模と在庫で、ネットを頼りにつけていると、それは、本当に魅力のない店になってしまう、と言うことがいいたかったのだ。善行堂もそういう意味だろうと思う。ネットの価格を参考にするのは、勉強になるから、それはそれでいい。ただ、本をパッと見て、それが相場を含めて何たるかを判断する「勘」は絶対必要で(これは澄田さんも同意見)、ネットばかりを教科書にしていると、本がみんな数字(値段)に換算されてしまう。それではつまらないだろう、と思うのだ。価格づけのロボットになってしまうと、古本屋さんという職業は、魅力のない職業ですよ。
ついでだから言っておくと、最後に電子書籍の攻勢についての対応の質問が出ていたが、質問者の一人が言うように、アメリカに追従して近い将来に、本当に紙の本が一掃されるなら(ぼくはそんなことはありえない、と思っている。そう思って死んでいく)、むしろそこから、本当の意味で古本屋が生き生きとした商売ができるはず。紙の本と出会える場所が、この世に古本屋しかないとしたら、素敵なことじゃないですか。15年後、紙の本が新刊として完全消滅したら、ぼくがそのとき生きていたら、喜んで古本屋さんにならせていただきます。