橋本忍に感服した夜

okatake2008-08-28

朝、6時半、TBSから迎えの車。乗り込むとき、運転手さんが「お体、だいじょうぶですか? 揺れのないように運転しますので」と言う。あ、肋骨のこと言っているんだ、と思い「いえいえ、だいじょうぶですので」と告げる。なぜ、知っているのか。たぶん担当のディレクターが気をつかって、言ってくれたのだ、と思いスタジオ入りしたが、ディレクターもプロデューサーも何も言わない。とすると、運転手さんが、迎えに行く人物のことをパソコンで下調べして、このブログに行き着き、肋骨を傷めたことを知ったのだとしか考えられない。そうだとしたら、プロの仕事だ。
帰宅してすぐ仮眠。起きて、昼飯食いがてら立川栄「ブ」へ。雑誌半額。02番なら雑誌扱い。昭和五十年に河出から出た「日本生活文化史」全10巻が揃いで300円で出ていて、半額なら150円。よほど全巻買おうかと思ったが、あまりに量が。明治から昭和初期を扱った「市民的生活の展開」のみ買う。その他、もろもろ。CD売り場で偶然、1999年の「NHK 日本映像の20世紀」サントラ盤を950円で見つけ買う。これ、見てたんだ。千住明の音楽がよくて、テーマ曲を聞くだけで涙ぐむほどだ。そのテーマ曲を含め、千住明の音楽が収まっている。ずっとくりかえし聞く。
午後、半月に一度の気の張る仕事。ルーティンなのだが、それだけに、まったく気を抜けず、長時間パソコンの画面に張り付く仕事で、これが、まったく脳も手も働かず、着手してはやめ、着手してはやめの繰り返し。また寝る。悪夢のような半日がただただ過ぎていく。
大久保房男終戦後文壇見聞記』紅書房を読了。戦後、創刊まもない「群像」編集部に入り、鬼の大久保と言われた編集者の回想。まことにおもしろい。この本は、伊藤整丹羽文雄高見順中野重治などを中心に語られる。「創作合評」「侃々諤々」を作ったのも大久保。伊藤整日本文壇史」を手がけたのも大久保。それになんといっても、第三の新人は、大久保の理解と励ましがあってのことだ。
中野重治で印象深いエピソードを一ヵ所だけ引く。昭和29年のこと、「むらぎも」連載中、担当編集者として中野邸で、どうしても中野が伝通院へ行く途中の坂の名前が思い出せない。中野夫人も大久保もわからなくて、急に中野が「富坂」だと思い出す。
「あッ、富坂だ、富坂警察に捉まったことがあるよ、と言った。それがおもしろくてその話を伊藤さん(伊藤整)にしたら、伊藤さんは、中野重治は偉いですよ、われわれの仲間なら何かを思い出すのに、あれは新宿の飲屋で会った女だとか、銀座のバーで一緒になった奴だとかいうところを、中野重治は地名も革命運動の中で思い出すんだからね、と言った」
佐多稲子の名品「水」が生まれた舞台裏が明かされたり、とにかくすべての情報のカロリー度が高い。すべて原稿は手渡し、それも通い詰めて、ようやく手書き原稿を手にする編集者時代ならではの話ばかりだ。
軽井沢で佐多が大久保と顔を合わせた時、まず「ごめんなさい」と謝って、大久保が「今月は締めきりがありませんよ」と答えるエピソードもいい。
たまった仕事をつき崩していく日々、BSで黒澤明特集企画で、脚本家の橋本忍にインタビューする番組を見る。「七人の侍」ができあがる過程を橋本が話すのだが、つぶれた企画の脚本を、まさに、ほんとうに映画がつくられたように、脚本を再現していく橋本の語りが圧巻。90才というのに、脳髄はピンク色でピカピカ光っている感じ。仕事への思い入れが違うのだ。橋本忍はすごい。
ユーミンの「夕涼み」ですがね、「デイドリーム やけつく午後 水まきしてはしゃいだあのガレージ ステイドリーム ゴムホースで きみがふと呼び込んだ虹の精」(歌詞、合ってるかな)の、「ゴムホース」がすごいよね。ふつう、歌詞にはぜったい使えない言葉だ。つまり無粋すぎて歌にならないコトバなのだ。それを、水まきしてできた虹、と表現する、しかも「ふと呼び込んだ」とばつぐんのレトリックでそれを昇華させて、ゴムホースを歌詞にとけ込ませる。ここいらが、追従を許さない、すごさなんだ。アンジェラ・アキっているでしょ。ファンには申し訳ないが、彼女の歌詞にこのすごさはないですね。