京都での長い暑い、熱い日々が終り

okatake2008-08-12

今日、昼過ぎ、ようやく京都から帰ってきた。メールをチェック、返事を書き、たまった郵便物を整理する。緊急のこと、一つ片付けたらもう夕方。郵便物を数点投函するため、自転車を走らせたが、夕風が少し涼味を帯び、ここちよい。秋の気配を感じる。
ざっとこの4日ほどのことを追っておくと、
8日は国立から中央本線で、塩尻経由にて特急「あずさ」「しなの」を使って遠回りで名古屋へ。ここで「のぞみ」に乗り換え京都入り。木曽の山のなかを走る「しなの」の車窓の風景を堪能する。
ホテルで荷を解き、歩いて三条通を。このあたり、古い建物にブティックや飲食、雑貨店などが入って、若者を集客するエリアとなっている。京都在住の学生時代にはほとんど足を踏み入れることがなかった。
ジュンクBAL」店へとりあえず寄り、『新・文學入門』フェアを担当してくれた井上さんに挨拶。あいかわらずきれい。そのまま足をのばし、寺町「尚文堂」均一で、黒瀬勝巳詩集『白の記憶』を200円で。これが翌日、山本善行をおおいに悔しがらせる掘り出しものなり。店内で、森暁紅『一寸した旅』大正14年博文館函入り美本を1000円で。これは裸本を持っている。
三条通へ戻り、「イノダ」でコーヒーをと思って入ると、光文社のMさん、JPIC尾崎嬢を発見。いっしょにコーヒーを。このあと、さっき見つけた「タンタンショップ」へ三人で入り買物、夜はシャレた和風居酒屋で、合流した光文社、JPICのスタッフと食べ、飲む。なんでもないものが美味かった。大道寺唐辛子とか。二次会は木屋町にある弟の店「ディラン・セカンド」で締め。最後、ぼく一人のこって、善行と少し飲む。
ああ、こういう書き方だと、長くなってしまうなあ。大幅に端折って、翌日、角田光代さんと、旧毎日新聞社社屋でトーク。その前、やっぱり「イノダ」でコーヒーを飲んでいると、隣りの四人組(男女)の男性に「岡崎サン」と声をかけられる。東京から来た顔見知りの編集者だった。「イノダ」へ行けば、誰かに会う二日間だった。
本日の講座の会場は、アートコンプレックス1928年。1928年竣工という意味なり。ドーム型の講演会場はナチスがプロバガンダに使った趣。階段を上り下りするのもそういった乗り。ここは二階レストランの昼のランチもおいしかった。角田さんはちゃんとライスを3分の1残していた。ダイエットが続いているらしい。ぼくも同じように残したが、これは朝、食べ過ぎたせい。
とつぜんの驟雨のなか、タクシーで光文社の小説宝石編集部の方、角田さんと東京駅へ。ここでみなさんと別れ、亀岡へ。ここからまた車で20分ほど行った温泉宿泊施設で大学の同窓会があるのだ。駅まで車で迎えに来てくれたMくん、大学時代、コロコロ太ってオモチャみたいな存在だったが、すっかり世慣れて、如才ない仕草が身に付いている。みんな、大人になったんだ。20数名を27、8年ぶりに集めた同窓会はわいわいと楽しく一夜を過ごす。愛らしいあの女の子も、年相応の陰りをつけて。男子は半数近くが小学校、中学校の教師になっていた。
翌朝、朝食をすませ、まだ残る同級生と別れ、一人山陰本線へ。青春18きっぷを使って、連絡の悪い山陰本線で福知山まで移動、ここからは予定した短い接続で和田山を経由し播但線の車中の人となる。どこまで行っても、山と川、それに青田と瓦屋根の集落の風景。しかし、姫路までの4時間半の道程、退屈はしなかった。姫路からは満員の新快速で京都へ。特急をしのぐ素晴らしいスピード、快適なボックス席と、普通では最高の列車ではないか。
10日夜は母親と祇園お好み焼屋へ。弟推奨の店で、お好み焼きはうまかったが、カウンターだけの席に隣り合わせた、アベックが、バーかクラブの店の女の子と客らしく、下品きわまる大声の会話に閉口する。カウンターのお好み焼きの店で、女の子をくどくな、ちゅうねん。
ああ、こんなことを書いてたらきりがない。
「下鴨古本まつり」については、いろんな人が書くでしょう。ぼくは宅急便で本を送ったから、それが着くまで何を買ったか書けない。でも、グリル生研での古本ものが集結したランチ、夜の「ディラン・セカンド」での「ジュンクBAL店」の店員さんたち(たくさん来てくださった)と、東京組との合コン(?)、そして有志でのカラオケへ突入と、なんだかにぎやかな京都の夏の日が終わった。
荷が着いたら報告しますが、たいしたものは買っていない。むしろ善行を悔しがらせた、尚文堂での2冊が買物だったかもしれない。
さあ、また東京での戦いの日々が始まった。遊びつづけた日々のツケは大きいぞ。
書き忘れたが、車中の読書は、ジョン・アーヴィング『ホテル・ニュー・ハンプシャー』上下巻、新潮文庫。以前、上巻の三分の二まで読んで、どこかにまぎれてしまったのを、今回、しっかり最初から讀む。おもしれえや。同著は角田さんの好きな本でもあり、どこかでそういう話題が出ればと準備するため讀み始めたが、これはちょっと日本の作家では書けないような大掛かりでファンタスティックなホラ話で、というよりアーヴィングのほかには書けない、と言ったほうがいいか。これは映画化されたが、原作を読むと、これだけあれこれぶちこんだ家族小説を、うまくエッセンスを映画は伝えていたなあ、とあらためて感心する。ラインをがしがし引く。犬の「ソロー」の部分はとくに。